今でも実家にはヤマハのアップライトピアノが置いてある。とにかく練習が嫌いだったイエディは、小学校の中学年頃には習うのを辞めてしまった。
中学に入る頃にはシンセサイザーを使った音楽もチラホラ出てきたが、中でも冨田勲と喜多郎のインパクトは強かった。どちらも巨匠であるが、冨田はクラシックをシンセサイザーオーケストラでやったらどうなるか、という感じで選曲もドビュッシーやラベル、ストラビンスキーなど、音楽の時間では中々触れることのない作曲家の曲を取り入れていて、冨田勲のアルバムからクラシックの原曲を知るなど妙な音楽経験をした。また、喜多郎はNHKの”シルクロード”のテーマを手がけて一躍有名になり、冨田でシンセ音楽に触れたイエディは喜多郎のアルバムも何枚か買って貰った。
ピアノはピアノの音しかしないけれど、シンセサイザーはあらゆる音が出せるし、鍵盤で弾くものだったので、形から入るイエディはシンセサイザーにのめり込んでいった。そして、YMOである。彼らがコンピューターでシンセを操ることをやってのけ、”鍵盤弾けなくてもシンセサイザーならOKじゃん!”とますます気を良くしてしていた。
そんなイエディが高校に入った当初、何気にピアノの鍵盤を叩いてみて、雨の翌日にまた叩いたときに音が微妙に違うことに気付いてショックを受けたのを覚えている。アップライトピアノはご存じの通り木の箱の中に弦を張った巨大金属フレームが収められており、鍵盤の中身も弦を叩くまでのパーツも主に木で出来ている。さらに弦を叩く部分は分厚いフェルトである。湿度の変化で音が変わること自体当然なのだが、それまで”同じピアノの音は同じ”と勝手に思っていたイエディにとっては衝撃的であった。それから数ヶ月、学校から帰るとハノンをやったりしていた時期がある。
一方で、高校時代はハードロック全盛期で、どのクラスにもギターキッズどもが居たし、エレキでなくてもオフコースのコピーをやっている奴などギター弾きが結構居た。しかし、当時はそんなギターにはちょっと横目で見る程度の関心しか持たず、テクノかロックバンドでもキーボーディストが幅をきかせているバンドに興味を持っていた。
そして、Van Halenである。Jumpを含むアルバム”1984”(83年)で、やられてしまった。
丁度、MTVや最近復活したベストヒットUSAでプロモーションビデオがガンガン流され、DuranDuranなんかを聞きまくっていた。勿論、耳はキーボードパートに向かっていたが…
そのうち、Van Halenの顔でもあり天才ギタリストとしても誉れ高いEdie Van Halenや、日本ではチューブのギタリストとして(も)知られる春畑道哉が、クラシックのピアノ教育を受けていたことを知り、改めてピアノを見直したりした。”やっぱりピアノの出来る奴は違う”などと勝手に思っていた。
90年代でハードとしてのシンセサイザーはほぼ完成の域に達してしまったので、また鍵盤に戻ってみるかと思ったりした。登場当時はべらぼうな値段が付いていたシンセサイザーも中古でしか手に入らない今となっては欲しかったモノもかなりの数手を出せるようになってきた。物欲に任せてオークション等で買いあさっていた時期もあったが、改めて自分の好きだった曲を思うと、ギターもまた世界が奥深そうで、シンセもとりあえず欲しいと思う物は手に入れたので、ギターの世界を覗いてみようと思ったのがこのblogのような状況に結びついてきた。
練習嫌いは相変わらずだが、コード弾きや転調などは鍵盤よりもギターの方が楽そうだし、好きな曲のコードカッティングやリフ、ソロフレーズなどが多少なりとも出来てきたら、昔夢見たコンピューター制御下のオケをバックにギターを弾いたりしてみたいと思っている。
シンセサイザーに対する思いや手持ちの機材などについて、またの機会に触れてみたい。
イエディ
【シンセ・キーボードの最新記事】

